[1]重義氏の父、航介氏の足跡

イツのゾーリンゲンに勝る刃物作りのために一生を捧げた、三条市の偉人
 戦後、昭和21年郷里の三条市で三条製作所を設立。又、日本金属製品貿易協会専務理事を兼務しながらも、日本刀の材料であり、不純物の非常に少ない玉鋼(たまはがね)を使用した優秀打刃物の研究に没頭する。金属顕微鏡による金属組織の科学的分析を初め、切れ味を左右する砥石とその研ぎの研究のための京都や三河の山(砥石産地)への現地調査等、細部にわたり理論と実践の両面に亘って試作研究を重ねる。
 昭和27年には玉鋼の研究が認められ通産省より鉱工業技術研究補助金の交付を受ける。これをきっかけに製造体制が整い、いよいよ昭和29年、玉鋼を使用した世界最高の切れ味を保つ剃刀(かみそり)の本格的製造に成功する。

 その後も剃刀の製造、研究の傍ら、刃物鍛冶職人へ「金属顕微鏡」を使った科学的分析を伴う画期的な刃物作りの指導を続け、地元メーカーの技術及び品質向上に大きく貢献する。
 昭和41年宮内庁正倉院刀身調査員を拝命。
 正倉院の刃物類、刀剣類の科学的調査を進めている最中の昭和42年8月、癌再発のため他界する。  
 享年64歳。

 その後、岩崎航介氏の鋼の科学的分析による研究成果は長男重義氏に引き継がれ、刀匠重義は鍛冶職人として第一人者といわれる卓越した技能とたぐいまれな指導力とにより、その後の三条刃物業界の技術向上に大きな影響を与えている。

 又、航介氏のドイツ刃物に対する遺志は重義氏にも引き継がれることになるが、1998年、越後鍛冶岩崎重義はドイツミュンヘン国際匠の技メッセより招待され、メッセの50周年記念行事として鍛冶の実演を通し日本の伝統的な鍛冶技術をヨーロッパでアピールすることになる。 重義氏の「玉鋼を使って優れた刃物を造る技術」に対し、当メッセにおける匠の技の大賞である『バイエルン州政府首相金賞』を受ける。

 思えば祖父の時代から続くドイツ刃物への対抗意識から、今日お互いにその良さを認め合う「匠の友情」が生れ、76年ぶりに新しい形となって、父航介氏の願も叶ったものと思われる。

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